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東京高等裁判所 平成9年(ネ)3877号 判決

控訴人

境原長雄

右訴訟代理人弁護士

小川彰

山村清治

髙綱剛

齋藤和紀

被控訴人

中銀建設株式会社

右代表者代表取締役

宮内啓次

右訴訟代理人弁護士

小林芳男

加藤悟

主文

一  原判決中、控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した部分を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、原判決別紙第一物件目録記載の建物につき、千葉地方法務局成田出張所平成四年一〇月二七日受付第一九二三四号抵当権設定仮登記及び同出張所平成五年七月二八日受付第一三〇〇八号抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  控訴人は、原判決別紙第一物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2  本件建物には、被控訴人を権利者として千葉地方法務局成田出張所平成四年一〇月二七日受付第一九二三四号抵当権設定仮登記(以下「本件仮登記」という。)及び同出張所平成五年七月二八日受付第一三〇〇八号抵当権設定登記(以下「本件登記」という。)がされている。

3  よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件建物の所有権に基づき本件各登記の抹消登記手続をすることを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  第1項のうち控訴人が本件建物を所有していたことは、認める。

2  第2項の事実は認める。

三  抗弁

(所有権喪失)

1 控訴人は、平成四年一〇月二日、鈴木元吉(以下「鈴木」という。)との間で、本件建物を鈴木に売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

(信託的譲渡)

2(一) 仮に、右売買の合意がなかったとしても、控訴人は、右同日、鈴木において鈴木の名で本件建物を自由に処分(担保の設定を含む。)することを承認して本件建物を鈴木に信託的に譲渡したものである。

(二) 被控訴人は、平成四年一〇月二三日、鈴木に対し三〇〇〇万円を貸し付けた上、鈴木との間で本件建物について右貸金債権を担保するため抵当権設定契約(以下「本件抵当権設定契約」という。)を締結した。

(民法九四条二項の類推)

3(一) 本件建物については、平成四年一〇月二日受付で同日の売買を原因として、控訴人から鈴木に対する所有権移転登記(以下「本件移転登記」という。)がされている。

(二) 仮に、控訴人が鈴木に本件建物の所有権を譲渡していなかったとすれば、控訴人は、鈴木と共謀の上、虚偽の所有権移転登記を経たことになる。

4(一) 被控訴人は、本件抵当権設定契約を締結した際、保険移転登記が登記原因を欠くことを知らなかった。

(二) なお、控訴人は、平成四年一〇月二三日、被控訴人に対して本件売買契約が有効であることを認め、丁第四号証の確認書に署名押印している。

四  抗弁に対する認否

1  第1項の事実は、否認する。

2  第2項(一)の事実は、否認する。同(二)の事実は、知らない。

3  第3項(一)の事実は、認める。同(二)の事実は、否認する。

4  第4項の事実は、いずれも否認する。

五  再抗弁(抗弁第1項に対し)

仮に控訴人と鈴木との間で本件売買契約が成立しているとしても、その合意は、控訴人と鈴木とが通謀して仮装したものである。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

七  再々抗弁

被控訴人は、本件根抵当権設定契約の締結に際し、本件売買契約が通謀虚偽表示によるものであることを知らなかった。

八  再々抗弁に対する認否

否認する。

第三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因について

控訴人が本件建物を所有していたこと及び請求の原因第2項の事実は、当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁第3項(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  丁第四号証の成立について

当裁判所も丁第四号証は、控訴人が作成したものと判断する。その理由は、原判決書一〇頁二行目の「争いのない事実欄2の事実」を「前示の」に改めるほか、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」の「二1(一)」記載のとおりであるから、これを引用する。

3  事実経過について

次のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」の「二2(一)(二)」記載のとおりであるから、これを引用する。

(一)  原判決書一三頁七行目の「第六三号証、」の次に「第六四号証、」を加え、同頁九行目の「(ただし、」から一〇行目の「である。)」までを削り、同一五頁六行目から七行目にかけての「当裁判所」を「右支部」に、同頁八行目の「争いのない事実欄2の事実における登記」を「本件仮登記及び本件本登記」に、同二三頁三行目の「関与していた」から同頁五行目の末尾までを「関与していたものと認められる。」に、それぞれ改める。

(二)  同二四頁一〇行目の「当裁判所」を「原審裁判所」に改め、同二五頁二行目から四行目までを削る。

4  抗弁第1項(本件売買契約の締結)について

前示のとおり、控訴人は、平成四年九月一七日に鈴木との間でAないしJの土地建物につき所有権が控訴人にあることを確認した上、登記名義を鈴木に移転する旨の合意(以下「本件仮装合意」という。)をしているところ、記録上、鈴木作成の書面と認められる甲第六五号証には、本件建物について、「アパートも巴興業に取られると困るから、名儀を鈴木元吉に移転しようと言う事で」と本件移転登記を経た理由が記載され、また、「今になって捷二と本人はこの物件は別だと言っていますが、同一住所内にある物件については委任されたものと思います」とこれを担保として借入れをすることが認められていた旨の記載がされていること、前示のとおり、鈴木が平成五年二月二二日ころ、本件建物の所有名義を同月二八日までに控訴人に変更する旨の控訴人宛の念書を作成し、また、本件土地について競売の申立てがされた後の平成七年五月二三日ころ、控訴人に対し本件建物を落札して控訴人に所有権移転をする旨の念書を提出する等していることからして、鈴木が本件建物の所有権を売買により取得したとの認識を有していなかったことは明らかである。

また、本件移転登記の申請手続は原因証書の添付なしに申請書副本によりされており(甲四二の一)、登記申請の委任状には委任事項として平成四年一〇月二日売買を原因とする所有権移転登記と記載されているのみである(甲四二の三)。しかも、右委任状には控訴人の印鑑として登録されている「境原」の丸印が押捺されているが(甲四二の二、三)、控訴人の住所氏名の筆跡は鈴木の住所氏名の筆跡と類似し、丁第四号証の控訴人の住所氏名の筆跡と対比すれば、これが控訴人の筆跡でないことは明らかである。また、鈴木作成の甲第六五号証には、控訴人が鈴木とともに司法書士を訪問して申請手続を委任した旨記載されているが、控訴人が同行しながら委任状に自署しなかったというのは不自然であるから、右記載は信用することができず、他に控訴人の面前で右委任状が作成されたと認めるべき証拠はない。

そうすると、本件移転登記を経由したことや、控訴人が丁第四号証に署名押印したことから、控訴人と鈴木との間で本件建物について本件移転登記の原因とされている売買契約(本件売買契約)が成立したと認めることはできないというべきである。

5  抗弁第3項について

右に判示したとおり、本件移転登記については、その登記原因とされている本件売買契約の成立を認めることはできない(なお、抗弁第2項の信託的譲渡の点については後に判断する。)が、その登記手続が控訴人の意思に基づいてされていた場合には、控訴人は、民法九四条二項の類推適用により、その登記原因の不存在を善意の第三者に対抗することはできない。

そこで、控訴人が本件移転登記に関与したかどうかについて検討するに、前示のとおり、本件建物については、平成四年九月二二日に控訴人と捷二の共有である旨の保存登記がされているところ、控訴人本人は、右共有の保存登記は捷二が勝手にしたものである旨供述するが、その申請の委任状(甲五四の二)の控訴人及び捷二の住所氏名、添付図面(甲五四の五)の両者の署名の各筆跡及び記載位置からして右共有の保存登記は控訴人の了承を得て行われたものと認められる。また、控訴人本人は、捷二に指示して右共有登記を控訴人の単独名義に戻させたとも供述しており、同年一〇月二日に控訴人の単独所有とする登記名義人表示更正登記がされたことは前記のとおりであるところ、本件移転登記は、同日右更正登記の次の受付番号でされているから(甲三)、本件移転登記は、控訴人の指示によりされた右更正登記の手続と同時にその申請手続がされたものと認められる。以上の事実と本件移転登記の委任状に控訴人の登録印が押捺され印鑑登録証明書が添付されていること(甲四二の二、三)を合わせ考えると、本件移転登記は、控訴人の意思に基づいてされたものと認めるのが相当である。

控訴人本人は、従前の登録印を土の中に埋めた旨供述するとともに、右委任状の印影は自分の印章によるものではない旨右認定に反する供述をするが、控訴人の登録印は、平成四年一月二一日から同年七月三〇日までの間に変更されており(甲二九の三、甲三一の二)、控訴人と同居して居なかった捷二(甲六三、控訴人本人)がその間に控訴人に無断で登録していたとは考えられないし、捷二が新登録印を控訴人に無断で使用したとすべき事情を認めるに足りる証拠もない(前示の酒井による平成四年八月一一日受付の仮登記は新登録印によって行われており(甲三一の二、三)、それに対抗するために前示のとおり本件仮装合意がされ、その念書(甲二)に新登録印が使用されていること、控訴人は、平成五年二月二二日ころ鈴木に本件建物の名義を同月二八日までに控訴人に変更する旨の念書を作成させているので遅くともその時までに自己の登録印により本件移転登記がされたことを知ったはずであること、控訴人は、同年三月二五日にAないしJの土地建物に抵当権を設定しその登記の申請手続にも新登録印を使用していること(甲四九の四、五、甲五〇の二、三)からして、控訴人が新登録印の存在を知らなかったとすることはできない。また、前示のとおり、控訴人は、鈴木に控訴人宛の念書(甲四の一、二)を提出させているが、その中には、鈴木が控訴人に無断で本件移転登記をしたことを窺わせる記載はない。)。

なお、AないしJの土地建物については本件仮装合意に基づく仮登記が平成四年九月一八日にされているのに対し、本件建物については同月二二日受付で共有の保存登記がされながら同年一〇月二日に更正登記と本件移転登記がされるまでそのままの状態であったことからすると、本件移転登記をもって直ちに本件仮装合意によるものと認めることはできない。しかし、前示のとおり、本件建物の敷地を含むEないしJの土地建物につき同月二二日受付で巴興業を権利者とする根抵当権に基づく競売開始決定による差押登記がされ状況の変化が生じているから、それとの関係で土地所有者である控訴人の単独名義に更正した上、鈴木への所有権移転登記を経ることにより競売手続に対処しようとしたとも考えられるところであって、共有の保存登記が控訴人の単独の保存登記に更正されたことは、本件移転登記が控訴人の意思に基づいてされたとする前記判断の妨げとはならない(鈴木作成の甲第六五号証には、本件移転登記を経由した動機として「アパートを巴興業に取られると困るから、名儀を鈴木元吉に移転しようと言う事で」と記載されている。)。

右に見たように本件移転登記が控訴人の意思に基づくものであったとすると、控訴人が右登記に応じた意図ないし目的がどのようなものであったか問題となるが、それは、右説示のように、EないしJの土地建物につき巴興業の申し立てた競売に対処することにあったものと見るのが相当であり、それ以上に鈴木のため担保に供することまで承諾していたと見ることができないのは、後記のとおりである。

6  抗弁第2項及び第4項について

(一)  証拠(甲六五、丁一、二、丁三の一、二、証人吉田倉造)によると、被控訴人は、平成四年一〇月二三日、鈴木との間で三〇〇〇万円を貸し付ける旨の合意をし、そのうち五〇〇万円をそのころ鈴木に交付したこと、被控訴人は、同日、鈴木との間で、右貸金債権を担保するため本件建物につき本件抵当権設定契約を締結したこと、被控訴人は、本件抵当権設定契約により本件仮登記及び本件本登記を経たこと、以上の事実を認めることができるが、被控訴人が右消費貸借の合意に基づき鈴木に対し右五〇〇万円のほかに金員を交付したことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  ところで、証人吉田倉造の供述によると、被控訴人の当時の代表取締役中村康時(以下「中村」という。)は、平成四年一〇月二三日に初めて控訴人の住居を訪問し初めて控訴人に会ったこと、丁第四号証の本文は、中村の指示によりあらかじめ被控訴人の従業員が記入してあったこと、中村は、午後五時ころに控訴人宅を訪問し、午後七時ころまでいたこと、午後七時二〇分前ころになって控訴人が丁第四号証に署名押印したこと、それまでの間、本件建物の敷地の所有者が誰であるか等について中村と控訴人との間で話がされたこと、以上の事実が認められる。

(三)  そこで、右の事実を前提として中村において本件移転登記が登記原因を欠くことを知らなかったかどうかについて検討するに、中村が丁第四号証にあらかじめ「当該建物の底地は、私の所有地であり、法定地上権があることを認めます。」と記載させていることからすると、中村は、宅地建物取引主任者としての資格を有していたことからして(証人吉田倉造)、本件建物については賃借権や使用貸借権等の通常の敷地利用権がないことを知っていたものと認められる。さらに、特に法定地上権という語が用いられていることからして、中村が本件建物の敷地が抵当権の対象となっており前示のとおり既に競売開始決定がされていることも知っていた可能性が濃厚である(本件建物に抵当権を設定することのみを念頭においてその敷地利用権を問題とするならば、丁第四号証に借地権その他の敷地利用権の確認条項や敷地について新たに賃貸借契約を締結する条項を入れるなどの対策を講じたはずである。)。

また、中村は、控訴人宅の隣にある本件建物(店舗共同住宅)を当日見ているのであるから(証人吉田倉造)、そこに賃借人がいることも十分認識していたものと認められるし、本件建物が平成四年六月三〇日に新築されたものであることや鈴木の所有名義となっていても敷地利用権のないことが明らかであったのであるから、仮に当初本件移転登記が仮装のものであることを知らなかったとしても、控訴人からの事情聴取により本件移転登記が仮装登記であることを十分認識し得たものと認められる。

さらに、仮に、中村が本件建物の担保価値を重視して通常の貸付けをしたとすれば、中村が控訴人をして丁第四号証に署名押印させた時点までに、本件建物の敷地利用権について何らかの話し合いをしたはずであるが、証人吉田倉造(宅地建物取引主任者の資格を有している。)は、中村から立会いを求められて同行した旨供述し、また、控訴人が丁第四号証に署名した状況を具体的に供述しながら、約二時間あった話合いの中で敷地利用権の問題や本件建物の利用状況、借家人の賃料の徴収等についてどのような話がされたかについて具体的に供述しない。

他方、控訴人作成の陳述書(甲六三)には、「その際社長と名のる男が『俺が金を出すことになっているからこの建物を素直に俺によこせよ。』というので、私は『だめだ。俺が建ててまだ元も取っていないのに売れるわけないだろ。』とはっきり断りました。」、「社長たちは、ずいぶん長い時間粘っていましたが、書類を出して、とにかくこうしていても埒があかないから書類にサインだけはしてくれと、半ば強制的に署名させようとしましたが、私は捷二のことで、署名するのに懲りていましたので、頑としてしなかったため、『しょうがねえな。』といって諦めて帰っていきました。」と記載されているが、丁第四号証に控訴人が署名していることは前示のとおりであるから、右の記載のうち、諦めて帰ったという点は信用できない。しかし、証人吉田倉造も「原告建物の中で、中銀の社長は、確認のため本件建物が鈴木さん所有の建物であるかどうか尋ねました。その社長の質問に対し、原告は、最終的に「間違いないですね。」と言いました。―中略― 中銀の社長が「間違いないと確認できれば、この確認書にサインを頂けますか。」と言って丁第四号証の確認書を提出しました。」と供述しており、右の「最終的に」という供述部分と控訴人の陳述書の右記載によると、控訴人に対する確認が円滑に進まず、最終的にようやく控訴人に署名押印させたという事実経過であったものと認められる。

(四)  なお、証人吉田倉造は、鈴木も控訴人宅まで同行し、控訴人宅に入った旨供述するが、仮に鈴木と控訴人とが打ち合せて本件建物を担保に被控訴人から借入れをしようとしていたならば、鈴木から控訴人に乙第四号証への署名押印を求めれば足りたはずであって売買の事実の確認のために二時間も要したのは不自然であるし、そうでないとすれば、その場で控訴人と鈴木との間で売買に関し何らかのやりとりがあって証人吉田倉造の印象に残ったはずであるが、同証人はその点についてなんら供述しない。さらに、鈴木作成の甲第六五号証には、「担保設定融資については委任を取ってます」、「今になって捷二と本人はこの物件は別だと言っていますが、同一住所内に有る物件については委任されたものと思います」と記載されているが、担保設定の際に中村と一緒に控訴人宅を訪問して面前で丁第四号証に署名押印させたという重要な事実については全く触れていない。他方、控訴人本人は、中村が二、三人の男を連れて訪れた旨供述し、控訴人作成の陳述書(甲六三)にも同旨の記載があるが、鈴木が来たことについてはこれを否定する趣旨の供述・記載をしている。

右の点からして、証人吉田倉造の「鈴木も控訴人宅に入った」旨の供述は信用できないというべきである。そうすると、鈴木は、控訴人宅まで中村に同行しながら、控訴人宅に入らなかったことになり、その状況が不自然であることは明らかである。

(五)  他方、鈴木作成の甲第六五号証には、「アパートの担保を設定している中銀ですが解決に協力してくれる事で資金を出してやるから、本人と捷二を面接に連れて来てくれと言われ、厚木市まで二人をつれ面接で融資が決まってました。」と記載されている。そして、前示のとおり、平成四年九月二二日に、EないしJの土地建物について競売開始決定による差押登記がされていたことからすると、その解決のために控訴人及び捷二において緊急に資金の調達をする必要があったものと認められ、その調達手段として本件建物の所有名義を鈴木に移転したことも考えられるところである。

しかし、前示のとおり中村が初めて控訴人に会ったのは同年一〇月二三日であり、右(三)、(四)において判示したところを合わせ考えると、中村が訪問した際、控訴人が鈴木において本件建物を担保に被控訴人から融資を受けることを知っていたと認めることはできない(控訴人と捷二が同年一一月五日に二人で被控訴人の事務所を訪問していること(証人吉田倉造、控訴人本人)、同日、鈴木に三〇〇〇万円を貸し付けた旨の公正証書の作成の嘱託がされていること(丁一)からして、甲第六五号証の面接に関する記載はその時のことを指していると見るべきであり、その点からも、同年一〇月二三日の時点では控訴人が本件建物を担保に被控訴人から借入れをすることを知らされていなかった可能性が強いというべきである。)。

また、甲第六五号証には、本件仮装合意に基づいて仮登記のされたAないしJの土地建物につき、「最初に私の所に何とか物件を取り戻し解決して下さい、捷二と長雄さんが委任状を持って来た時は、もう何も有りません この担保だらけの物件無いのも同然ですから、担保融資が出来るのなら使って下さいと頼んだくせに」と記載されているが、本件建物については、「アパートも巴興業に取られると困るから、名儀を鈴木元吉に移転しようと言う事で」、「今になって捷二と本人はこの物件は別だと言っていますが同一住所内にある物件については委任されたものと思います」と記載されており、本件建物については、これを担保とすることについて明示的な承認を受けた旨の記載はない。

さらに、甲第六五号証の右各記載によると、前示のとおり控訴人が捷二とともに被控訴人を訪問して受けようとしていた融資は、控訴人がAないしJの土地建物を担保として提供し、捷二が融資を受けるということを前提とするものであったと考えられる(控訴人は、平成五年二月二二日ころ、鈴木に本件建物の名義を同月二八日までに控訴人に変更させる旨の念書を書かせ、同年四月三〇日に錯誤を原因とする所有権抹消仮登記を経た反面、同年三月二九日には、捷二が債務者となってAないしDの土地建物につき債権額七〇〇〇万円の、EないしJの土地建物につき債権額一億円の各抵当権設定登記を経ている。)。そして、前示のとおり、平成四年一〇月二八日にE、F、HないしJの土地建物につき後藤忠を権利者とする根抵当権設定仮登記がされているところ、甲第六五号証には、右仮登記がされていることが判明したので被控訴人から融資を受けられなくなった旨記載されている。

そうすると、控訴人と捷二が平成四年一一月五日に被控訴人の事務所を訪問して融資を依頼したとしても、本件建物を担保として鈴木名義で借入れをすることの依頼であったと見ることはできないというべきである(前示のとおり、鈴木が本件抵当権設定契約に基づいて被控訴人から実際に借り入れた金額は五〇〇万円であり、その借入れ理由について、鈴木作成の甲第六五号証には「解決経費として五〇〇万ほど借用しています」と記載されているが、本件においては、右の時期に控訴人が本件建物を担保として鈴木に解決経費名目で五〇〇万円を支払うべき事情があったと認めることはできない。)。

したがって、本件建物については、控訴人が鈴木においてこれを担保として金員を借り入れることができるようにするために本件移転登記を経ていたものと認めることはできない。そうすると、抗弁第2項(一)の主張は理由がないことになる。

(六) 以上判示したところによると、中村は、鈴木からあらかじめ事情を聞いて本件移転登記がその登記原因を欠くことを知っていたものと認められるので、民法九四条二項の善意の第三者に当たるとすることはできない。

また、控訴人が中村が訪問した際最終段階で丁第四号証に署名押印したという事実からは、控訴人が被控訴人に対し、仮装の本件移転登記をした趣旨に従って、登記簿どおり売買により鈴木が本件建物の所有者となっていることを表明したということ以上の意味を有すると見ることはできず、中村において本件建物を担保として鈴木に金員を貸し付けることを明示した上で控訴人に丁第四号証に署名押印させたことを認めるに足りる証拠のない本件においては、丁第四号証に署名押印したことにより、控訴人が被控訴人に対し鈴木において所有者として本件建物を自由に処分することができる旨確認したものと認めることはできない(丁第四号証には、法定地上権のことが記載されているが、趣旨不明であって、その文言から控訴人において抵当権の設定を承諾したものと見ることはできない。また、控訴人作成の陳述書(甲六三)には、中村が「俺が金を出すことになっているから」と述べた旨の記載があるが、「私は、てっきり捷二のさしがねで、本件建物を安く買い叩きにきたものと勘違いしていました。」とも記載されており、その状況からすると、控訴人において、意にそわない取引の申入れをしてきた中村に対し仮装した登記どおり既に売却済みであるとの趣旨で丁第四号証に署名押印したことも十分考えられる。)。

三  結論

よって、原判決中、控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した部分は相当ではないから、これを取り消した上、控訴人の請求をいずれも認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官新村正人 裁判官岡久幸治 裁判官宮岡章)

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